「アカシアの雨がやむとき」他

 明けましておめでとうございます。

 雨の元旦、ここ10年くらいを思い出して、なかったような気がします。お雑煮はゆっくり9時過ぎに食べて、何処にも出かけず寝正月です。お昼過ぎから本にも飽きて、TVのうるさいのも聞きたくないし、去年の暮れに買ってあったDVDを取りだし見る事にしました。

 「アカシアの雨がやむとき」、1963年の日活映画作品です。主演は高橋英樹、浅丘ルリ子、当然西田佐知子も出演、ヒットした歌謡曲に便乗してのプログラムピクチャーです。当時は2本立てが普通でしたから質より量、量産されてそれでも観客は鈴なりでした。

  これは3本買ったうちの一つ、他は「続・東京流れ者」1966年、渡哲也主演、「坊ぼん罷り通る」1958年、高島忠夫主演。いずれも娯楽作品で映画史に残るような大作、芸術作品ではありませんが、昭和の匂いが満喫。こういうB級映画も見所は一杯あります。

 はっきり言って映画の質は低い、馬鹿馬鹿しいストーリー、今見れば恥かしくなるような素人演技の数々、それでも買って来て見るのは、若い頃には気付かなかった様々な時代の背景を再確認したり懐かしんだりする楽しみがあるからです。

 「アカシアの雨がやむとき」、1963年は昭和38年、中3か高1の頃、巷間に歌声は流れヒットしました。高橋英樹は裕次郎や旭の後に出て来たニューフェイス、名作「けんかえれじい」が印象に残っていますが、これはその前に撮った作品ですね。

 (「けんかえれじい」は1966年作品、この時併映となったのが「続・東京流れ者」、監督森永健次郎。そして「東京流れ者」は「けんかえれじい」を監督した鈴木清順の作品でした。この2作は鈴木清順の名を知らしめました。「東京流れ者」も独特な美意識の傑作でした。それに比べると「続・東京流れ者」は凡作。)

 浅丘ルリ子といえば日活の看板女優、いろんな男優とコンビを組んでいますが、小林旭とのコンビが印象深く、「赤い夕日の渡り鳥」1960年のビデオテープも持っています。引っ張りだこだった訳で、可憐で清純で、あの少しめくれた可愛らしい唇は当時の男心をくすぐりました。

 この映画でも、もう清純年齢は過ぎていましたが、相変わらず儚げで、悲劇のヒロイン役にはぴったりでした。劣らず高橋英樹、ハンサムながら立派な体格で格闘技もいけて、やはりスターの素質十分、いやぁ、いい男ですねぇ。

 普通の人は、こういう眉目秀麗で、強くて、運命を切り開いていく主人公に我が身を投影させて、しばしカタルシスを味わいたくて映画館に来てた訳ですから、演技以前に主人公はとびっきりハンサムでないと役不足。渡哲也も高島忠夫もその点いう事はありません。

 もう一つ、見るべきものは時代の記録。何気なく撮られたシーンだって時代の証言者です。そういう所を探して見るのが楽しみ、例えば、食堂の壁に貼られた値段表、サイダー40円、コーヒー牛乳30円。タクシーの初乗り料金80円。まだこの頃火鉢が普通に使われていました。

 走っている車の車種も気を付けて見ています。浅丘ルリ子が横断歩道を渡って来る時、止まっていたスポーツカブ、エンストして焦ってキックしてたり、高原を走るバスはいすゞのボンネットバス。タクシーはクラウン観音開き、希少種プリンスクーペがちらっと見えたり、日産のオースチン、オリエントの三輪車・・。

 その頃にはさして意味のない映像が今見ると懐かしさ、感興を呼び起こしてくれて、スクリーンの全幅にその種は隠れています。日本がどんどん発展していく過程のひとこま、まだ貧しさと猥雑さも残っていたけれど、懐かしい。昭和のB級プログラムピクチャーは古い宝箱です。


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 元旦は雨で初日の出は見られず。今朝も雲が多い天気なれど少し太陽が顔を出しました。


 

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