徴用工裁判ついての中日社説 

 中日新聞1月20日の社説、韓国人の戦時出稼ぎ労働者の事について書かれています。韓国側は徴用工とい名称を使っていますが、日本政府は「戦時朝鮮人労働者」と実態に即した呼び名を使っています。ただこれは「徴用工」に較べ冗長でインパクトに欠ける。

 いかにも強要され刈り立てられたというイメージを含ませるものだから彼等は実態とはかけ離れたこの用語を訂正しようとはしない。さて、昨年暮れに新日鉄に賠償を命じた裁判の原告、判決を精査したら、出稼ぎ労働者ではなく徴兵された軍人なんですって。

 ニセ徴用工に偽証疑惑が浮上…歴史戦“場外乱闘”の誤算   (東アジア黙示録)

 「原告は1944年に徴兵され、軍事訓練を終えた後、日本の神戸にある部隊に配置されて米軍捕虜監視員として働いていたところ解放になり帰国した」 (判決文和訳4頁) 

 このブログは、「嘘吐き老人の妄想話を根拠に外国企業の資産が強奪される事など決してあってはならない」 「我が国も堂々と歴史の真実で渡り合うべきだ」と結んでいますが、言葉を正確に定義し事実を以て交渉、議論をするのは当然です。


 その当然が韓国側には見られない。これでは交渉は決裂します。その指摘は随分以前からなされているんだけれど、決して謝らない態度と一緒で、誤りがあれば素直に認めて先に進めるという姿勢はまったく見られません。

 今回のP1に対するレーダー照射でもその事は如実に露見、あー云えばこー云うという論点ずらしの言い訳、言い逃ればかり。あの往生際の悪さ、日本人の潔さとは対局。しかしその繰り返すシツコサは相手を辟易させて、油断するといつの間にか負けになってしまうから厄介。

 慰安婦問題なんてのもその一例。慰安婦少女像なんてイメージキャラクターを作り世界中にばら撒いて、日本が悪い事をしたと宣伝、日韓の事をよく知らない外国の人は信じる人も沢山いる事でしょう。だから彼等には性善説で接してはやられてしまう。

 面倒くさいけれど相手のいう事に同じシツコサで強く反論していかないと押されて割を食います。本来そうした外国勢の理不尽な言い掛かりには、日本のマスコミがそのおかしさを指摘し反論すべきだと思うんですが、日本のマスコミは反日ですから期待できない。

 中日新聞の社説、この件取り上げていますが、原告の怪しさには言及せず。日本側の立場からの内容には見えません。本文拾っていくと、

 「十五時間も穴にもぐらされているのに、飯は少ない。石炭を掘りながら、食い物のことばかり考えているよ」

 一九四三年に朝鮮半島から日本に来た、十七歳の男性を主人公にした小説「三たびの海峡」(帚木蓬生(ははきぎほうせい)著)の一節です。

 貨物列車で九州の炭鉱に連れて行かれた男性は、坑道の奥深くで働きますが、その後逃亡して祖国で成功、日本を再訪問する-。映画化もされたこの小説は、フィクションではありません。
 

 小説はフィクションでしょう。炭鉱労働はきつい仕事で、それは日本人労働者だって同様。戦時中の緊迫した状況下では尚更の事。話の取っ掛かりにこんな情緒的な物語を持ち出し、

 韓国政府は、第二次大戦末期、日本の植民地だった韓国から、軍人などを除く約十五万人が日本で働かされたと認定しています。

 暴力も伴う厳しい監視の下、日本人も避ける危険な仕事に回されました。賃金は強制貯金され、支払われないこともありました。
 

 そう断定していますが、韓国政府が言ってる事じゃなくて客観的な証拠を示してからでなきゃ。慰安婦20万人引っ掠われたという出鱈目を云う国ですから信用は失われています。

 この問題に関連し日本政府は、65年に実現した日韓国交正常化の際、有償二億ドル、無償三億ドル分を「経済協力」の名目で韓国政府に渡しています。

 この時交わした日韓請求権協定には、「問題は完全かつ最終的に解決」との文言が盛り込まれ、韓国政府も同意しています。

 韓国が経済成長した後、韓国政府が責任を持って、強制労働させられた人などへの補償(請求権)問題を解決する-そういう意味を持った合意でした。
 

 韓国政府が補償するとして解決したと書いてあります。

 その韓国で、元徴用工や女子勤労挺身(ていしん)隊員として働いた人たちへの賠償を命じる判決が相次いでいます。問題を蒸し返すのか。そう感じた人も多かったはずです。

 ただ、家族から離れ、過酷な環境で働かされた人たちの体験を、忘れてはならないでしょう。
 

 過酷な環境って、日本人だって、皆そうだった。なんで自分達だけ特別扱いになるのか。徹底して被害者ぶる。もうこれは韓国の特技、被害者ポジションは美味しいからね。

 日本の植民地支配に対する解釈でも日韓は対立していますが、重要なのは高齢となった被害者の心を満たし、どう救済するかです。 

 この、「植民地支配」、これが言葉を正確に定義していない実例。これは判ってて使っているんだと思いますが、日本は朝鮮を植民地としたのではなく、当時の朝鮮政府と正式に文書を交わし世界監視のなか「併合」をしたのです。それはその後の施政を見れば一目瞭然。

 鉄道、道路インフラを整備し発電所を建設、産業を興し、学校を建て教育を施し帝国大学まで作ってしまった。インドにオックスフォードの分校なんてありますか。日本の困窮も顧みず日本からの税金を投入し旧弊李朝朝鮮の建て直しに汗を流した。

 その当時の発電所なんて今も現役で活躍している。何が過酷な日帝支配の36年間ですか。植民地という言葉を殊更に使うのは、日本が酷い事をしたという負のイメージ作りの為。なんで日本の新聞がそれに協力するのやら。

 社説は最後にこう結びます。分が悪くなるとどっちもどっち、日本も譲れと言い始めます。譲る理由はない。もう寛容の限界は超えてしまってるんですけどね。

 一致点はなかなか見つかりません。例えば、米中の国交樹立をはじめ、難しい交渉を実らせたキッシンジャー元米国務長官の外交術は一助にならないでしょうか。

 タフな交渉者のイメージが強い人ですが、意外にも「相手の趣味や関心に理解を示し、相手の視点に共感し、同じ心境になろうとした」(「キッシンジャー超交渉術」日経BP社)そうです。当たり前ですが、大切な姿勢です。

 今、日韓間ではレーダー照射問題などを巡っても、激しい応酬が繰り返されています。理屈は双方にあるにせよ、この「視点や共感」が不足しているのではないでしょうか。

 両国の外相は、二十三日に会談する予定です。元徴用工の人たちが味わった思いを考えたい。そして引っ越せない隣国である両国が知恵を寄せ合って、なんとか方策を探ってほしいと思います。
 

 日本はこれ迄あまりにも韓国に譲りすぎた。結果、問題は解決するどころか甘い汁を吸わんと「過酷な植民地支配」を掲げて際限なくタカリを繰り返す。条約で解決して金も貰ったのにまたたかる。こういう不毛、不愉快はもうきっぱり断ち切りましょう。

 
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 昨夜雪の予報もあったのですが今朝は雨空。

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