「リテラ」から「噂の眞相」の事を思い出した。

 パソコンを起動するとポータルサイトとしてYahooと何処かが出て来て、それぞれ最新ニュースが10項目ほども出て来ます。目を引くニュースをクリックしますが、そこでソースが「日刊ゲンダイ」であったりすると却下、即パスします。

 もう見なくても論調は判っていますから読んだって不愉快になるだけの事。そういうニュース元の一つにリテラもあります。持っていきたい結論は想像できちゃいます。その姿勢を支持する熱心な読者もいるんでしょうけれど中庸とは云いがたいアクが強すぎます。

 その発信元に興味はなかったのですが、ネットは何でも教えてくれます。旧「噂の眞相」編集部のスタッフだった人達が立ち上げているサイトだった。

 「リテラと誹謗中傷雑誌のDNA」  (政治知新)

 ・・リテラの正体とは誹謗中傷を繰り返して廃刊に追い込まれた「噂の眞相」の残党達が立ち上げた左翼の纏めサイトでしかないのだ。・・

 そして今もなお嘘とデマばかりを配信しているのだ、と手厳しい記事です。成る程そういう背景があったんですね。ならばさもありなんと納得してしまう自分もいますが、実はこの雑誌に育てられたという思いも些かありまして。

 創刊は1978年ですが、はじめは「マスコミ評論」という月刊誌からのスタート。1970年代には矢崎泰久編集の「話の特集」がサブカル言論界に強い影響力を持ち支持されていたけれど、やがて衰退、その後を襲うかのように台頭してきたのが「噂の眞相」。

 「マスコミ評論」を書店の本棚で見つけた時は新鮮な驚きと期待感を持ったものです。しかしすぐ経営側と編集部側との争いが誌面に現われやがて分裂。袂を分かった編集者岡留安則が新たに立ち上げたのが「噂の眞相」。

 しばらくは2誌書店に並んでいましたが、誌面を作っていたのは岡留だったから、アクの強さも含め読者は岡留側につき「マスコミ評論」は消滅。だから創刊準備号からずっと購読し続け、2004年の休刊までそれが続きました。

 今うちには休刊号とネームの入った最終号、創刊20周年記念誌、休刊記念と題した「追悼!噂の眞相」が本棚に残っています。これを取り出してきて読み始めたら面白くて止まりません。2004年の休刊ですからもう15年前の本です。

 その横に「話の特集の特集」という、話の特集の100号記念増刊号があって、この2誌には70年代、80年代、90年代とお世話になりました。両誌共通しているのは左派よりながらごった煮の雑誌、実に各界各層の識者が寄り集まってきた。

 そして当時若者だった自分から見ると大人たちが喧々がくがく、良くも悪くもそのエッセンスを吸収してきたんだと思います。このゴチャ混ぜが良かった。時代は左傾でなければ頭悪いという雰囲気もありましたが、それが胡散くさいかも知れないという事も誌面に内包していたんでしょう。

 「追悼号」ではこれ迄「噂眞」が餌食にしてきた著名人たちが休刊に寄せてのメッセージを書いていますが、悪口を書かれたり、でっち上げで実害を被った人達にも寄稿を求め(こういう臆面のなさが実はこの雑誌の魅力でもあった)、これがまた面白い。

 そうそうたる顔ぶれです。その中に北方謙三のメッセージ、曰わく、

 ・・反権力の本誌がなくなるのは惜しい。反権力を掲げる事はそう難しくはないが訴訟まで引き受けるのはなかなかだ。

 ・・「噂眞」は2割の真実と8割の嘘が混在している・・

 ・・その2割で色々手柄を立てているから休刊は残念だが、その2割の真実のため8割の嘘が本当に見えてしまうのだから恐ろしい・・
 

 よしもとばなな、

 ・・長い間お世話になりました。私がいったい何をしたというんですか?・・

 その隣に渡辺淳一、

 ・・岡留のバカ!!ホントは殺してやりたいくらいだけれど、我慢してるんだ。俺たち阿寒に行った時オマエたち尾けてきただろう。お前たちが張り込んでた反対側からおれと川島クンは屈斜路湖をモーターボートで横断したんだぞ。

 バカヤロー。でも聞くところによると最近は俺の事を褒めてくれてるそうじゃないか。本当かなぁ、まさか復刊なんて云い出さないだろうな。バカヤロー・・


 花田紀凱、月刊「HANADA」編集長

 ・・この27年、自分が携わってきた雑誌は別として発売当日に全ページ読み切ってしまう雑誌は「噂眞」だけだった。ある時期毎号取り上げられ、からかわれたり、何度岡留に抗議の電話をした事か。

 返事は決まって「花田さん、エールですよ」、一行情報欄に「花田編集長、銀座ママに入れあげ高輪通いの毎日」、勿論デタラメ、それでもぼくは「噂眞」が好きなのだ。・・


 2割の真実と8割の嘘、これは当を得てる。悪く書かれた人達から抗議を受けるけれど2割の真実は可成りの衝撃を各方面に与えていた。印象に残るのは検察に対する口撃、官僚体質の傲慢への執拗な暴露は相当ダメージを受けたでしょう。

 こういう編集が出来たのも「噂眞」が黒字だったという事も大きい。広告に頼らず本誌売り上げで黒字だからスポンサーに配慮する必要もない。だったら続ければ良いのにと思うけれど、止めたのは矢張り時代の変化を感じたからなんだと思います。

 そろそろネットが普及して言論空間が出来つつあった。一方通行の情報支配から双方向への情報伝達、頃合いを見てサッサと店じまいをした。そして沖縄へ行って酒場なぞをやってたけれど、潔い身の退きようでした。

 それで残された編集部の面々、それぞれ道を拓いて一部は「リテラ」へ移ったという事ですが、リテラ読んでも共感出来ないのは、結局あの雑誌は岡留安則の個性が全ての人間誌だった様にその個性、そして気配りを感じられない部分にありそうな気がします。

 岡留氏、今年の1月に癌のため死去。昭和22年生まれの団塊、71才。まだ早い死だけれど、25年間、雑誌界の寵児として駆け抜けて、各方面に多くの混乱、憎悪、影響を与え、惜しまれているんだから悪くはない人生だったんだと思います。合掌。

  
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 真っ青な青空、雲一つなし。西の中天に朝の月。
 

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この記事へのコメント

通りすがり
2020年06月28日 19:05
もう亡くなって1年半で月日がたつのは早いもの。

かつて最大のネタ元だったゴールデン街のマスコミ人達より、
ネットのほうが情報が充実し、復刊の見込みなしという諦めと
沖縄生活での失望からか、最後は酒浸り→病気→痴呆で
寝たきりだったとか。
死去報道は元スタッフたちが情報操作して、「最後まで元気で、
政治や沖縄を案じていた」と虚偽を述べていましたが、
オカドメ氏と嘉納氏がとっくに喧嘩別れしていたのも
疎遠にしていて知らなかったのに、「花」を聞かせて
見送ってあげた、と手柄顔して、追悼ついでに
売名、再浮上をはかっていたので、いちばん頻繁に見舞いにいっていた
側近ライターが義憤から、ネット記事で体調、痴呆を暴露したので、
目論見がつぶされたと副編集長がすぐに狼狽して抗議してきたそうです。
ひろびろ
2020年06月28日 20:47
ホント、月日の経つのは早いもんです。
 岡留さん、沖縄に行ってからの消息は雑誌等でもあまり見掛けず、悠々自適でやってるんだと思ってましたが、失意の中での混乱した晩年でしたか。
 物書きさんはネットのキーボードにすんなり入って行けなかったんですかね。原稿用紙と鉛筆と、時代の流れに合わせられなかった。でもその不器用さは時代を画した男の残像として、一緒の時代を生きて来たんだと良い思い出と共に記憶に残ってます。
 噂真のスタッフ間の動向というかイザコザは何かで読んだ事がありますが、アクの強い人達ばかりのようでしたからそんな内輪話もあったんですね。
 コメント頂いてしばし昔のことなど思い出しました。
むかしゴールデン街のバイト
2020年09月08日 05:42
渡辺淳一・川島なおみの北海道デートは、
どうも川島さんがマネージャーかヘアメイクの女性を使って
リークさせたそうです。やるなあ(笑)

編集部に電話をさせて「川島なおみさんが、とある大物と
北海道で密会する。自分は、同じ事務所のものだけど、
彼女にスキャンダルが持ち上がったら、少しは、その分、
自分に仕事のオファーがくるかなって」と。

事務所が同じだけで、ライバル意識を持ってる人が、
飛行機が何月何日のどの便か、北海道についてからの
旅程までと、不倫旅行のスケジュールを詳しく
知ってるはずはないですもんね。

どこかの記者が嗅ぎつけてあとをつけてるようだ、
もしや、なおみさん本人がリークしたのかな、と
おそらく思っていても許す渡辺さんは、心が広い。
奥さんと愛人秘書と娘さんが和気あいあいとして、
「今回の小説、つまんないわあ」「ねー、だめよね」
とはしゃいでると、「そうかな」と頭をかいていたとか。
なおみさんも、渡辺さんの手の平で踊りがい、泳ぎがいが
ありましたね。
こういう話は、ゴールデン街で盗み聞きして、ちょっとした
特権意識に浸れたものでしたが、今はネットで、もっと
すごい話が全方位から出てくる。雑誌がパワー不足に陥り、
売れなくなるわけですね。ちゃんと謄本や会社登記をとって
事実関係をちゃんと報じても「名誉棄損」にされちゃいますし。
ひろびろ
2020年09月09日 19:48
何ともディープな昔話を有り難うございます。
「むかしゴールデン街のバイト」という肩書きがそそりますね。
京王プラザホテルが建設中だった頃の半年程南口あたりに棲息していてゴールデン街は行かなかったけれどその手前あたりにバラックの軒並べた飲み屋街があって、先輩に連れられてよく飲みに行ったものです。
カウンターの中から酔客ながめてる様子目に浮かびます。
ゴールデン街は飲み屋街なんだけどあれは当時の日本のハイレベルな文化ソサイエティでもあって、中から目にした人物月旦はそれこそ幾つも物語、小説、ドキュメンタリーが書けますね。
川島なお美と渡辺淳一の事は90年代後半の事だけれど、田中小実昌あたりがハシゴしてた70年代からあそこは魔界、一見が入っていけるような雰囲気ではなかった。一回出掛けた事があったんですが安酒屋なのに気後れして、乱闘や小難しい理屈の飛び交ってそうな雰囲気の中に入っていけませんでした。まだ20代だった。

>こういう話は、ゴールデン街で盗み聞きして、ちょっとした
特権意識に浸れたものでしたが、今はネットで、もっと
すごい話が全方位から出てくる。雑誌がパワー不足に陥り、
売れなくなるわけですね。

 雑誌、ネットのない頃は情報の先端はピアとかシティロードとか、新しい形態が生まれ雑誌創刊も目まぐるしくすぐ部屋の中読み散らした雑誌類で溢れてました。アナログの良き時代だった。今は様変わりですね。”雑誌がパワー不足” ネットの瞬発力には勝てません。ついでに編集者、編集仕事も特定分野以外のニーズは薄まりそう。

 故人には申し訳ないけれど、逃避行、というか不倫デートの裏側、面白く読ませて貰いました。まぁお二人ともその時はフルパワーで恋愛してたわけで、こうして噂のタネになったとしてもいささかの痛痒も感じないで幸せな瞬間を生きていたんでしょう。